スリー・ビルボード(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri)
ポテトメーター:85点
3月に授賞式が行われるアカデミー賞で作品賞、主演女優賞、助演男優賞、脚本賞、 作曲賞、編集賞の6部門7ノミネートを果たした『スリー・ビルボード』を観ました。
本当にスゴい映画でした。
主演のフランシス・マクドーマンド、助演のサム・ロックウェルの演技も素晴らしいんですが、何より脚本の素晴らしさに度肝を抜かれました。
この作品では主要人物がそれぞれのテーマソングを持っていて、物語において重要なメタファーになっています。
音楽に絡めたストーリーの紹介や監督の作家性については町山智浩さんのラジオでの解説(22分)が素晴らしいので、時間の許す方はぜひ鑑賞前に聴いてみてください。
ここではあまり時間のない方向けに、5分で読めるネタバレなし解説を書いていきます。
「ミズーリ州エビングの郊外にある3枚の立て看板」
『Three Billboards Outside Ebbing, Missouri』という長い原題を直訳すると、「ミズーリ州エビングの郊外にある3枚の立て看板」となります。
わざわざタイトルにまで含まれているミズーリ州。アメリカ人以外にはあまり馴染みのない州ですが、地図の赤く塗りつぶされているところにあります。
私は行ったことがないんですが、たぶんクソ田舎です。
(私の母親の出身地はミズーリ州の上の上のミネソタ州で、湖しかないクソ田舎です。たぶんアメリカは10%の都会と90%のクソ田舎で構成されています)
ついでに2016年の大統領選の投票結果地図を見てみましょう。
赤:トランプ勝利州、青:ヒラリー勝利州なので、赤色のミズーリ州はトランプが勝利した州ですね。
※Wikipediaからの情報によると、ミズーリ州は民主党・共和党の二大政党が拮抗し、歴史的に「政治の行方を占う州」だとされているとのこと。ただし、2000年以降の直近5回の大統領選ではすべて保守派の共和党が勝利しています。
またこちらもWikipedia情報ですが、ミズーリ州は2004年に「同性結婚を否定する最初の州」になったとのこと。さらにミズーリ州の非公式の愛称は「疑い深い州(The Show Me State)」。
以上のことから、この映画の舞台となるミズーリ州については
「保守的で懐疑的、トランプを支持する貧乏白人で構成されるクソ田舎」
として理解すれば間違いないでしょう。
そんなミズーリ州の郊外に存在する3枚の古びた立て看板に、中年女性がある広告を出すところからこの物語は始まります。
“RAPED WHILE DYING” ー"レイプされて死んだ"
“AND STILL NO ARRESTS” -"未だ逮捕者なし"
“HOW COME, CHIEF WILLOUGHBY?” "どうして?ウィロビー署長?"
この短い、しかし強烈な文字の踊る3枚の立て看板は、娘をレイプされて殺された中年女性の地元警察への訴えであると同時に、この映画の鍵となる3人の登場人物を表しています。
娘をレイプし殺害した犯人に復讐心を燃やし、無能な地元警察に敵意をむき出しにする中年女性(フランシス・マクドーマンド)
立て看板で名指しで批判された警察署長。実は大きな秘密を抱えている(ウディ・ハレルソン)
非常に頭が悪く、キレるとすぐ暴力に走る人種差別主義者の警官(サム・ロックウェル)
映画を観る前は中年女性が主人公で、非協力的な地元警察と戦いながら復讐に奔走する話なのかな、と思っていましたが、実はこの映画、
3人のキャラクターが皆主人公であり、観客の予想を見事に打ち破る展開になっています。
一分先の展開が読めないストーリー
最近巷で話題になっている(?)1月スタートのアニメ、『ポプテピピック』をNetflixで観ました。
主要キャラのデザインだけが固定で、エピソードごとの声優もバラバラ、全く連関性のない小ネタやフェイクドキュメンタリー、歌唱シーンが1話の中で息つく間もなく続く展開される不条理アニメです。
また、本編が始まる前と終わった後には必ず全く関係のない「星色ガールドロップ」というアイドル恋愛もののアニメが流れます。
『スリー・ビルボード』の怒涛のような、奇跡のような脚本の洗礼を浴びている間、思わず頭に浮かんだのはこのアニメでした。
サスペンスを見ていると思ったらコメディーになり、人情もので心が温まったと思ったら突如バイオレンスになる。また主人公が中年女性だ、と思っていたら全く違う人物の人生がクローズアップされ、このキャラクターは悪役だ、と思い込んでいたらいきなり全く違う顔を見せられ、殴られたような気持ちになります。
しかしそれは上述のアニメのように不条理では全くなくて、「娘を殺した犯人を究明するための立て看板」という軸から逸れることは一切ありません。
また登場人物がどれだけ突飛な行動を取っても、それは観客がキャラクターの表面だけを見て判断しているからそう思えるのであって(そういう風に誘導されているんですが)、彼らが二重人格なわけでも、支離滅裂なわけでもありません。
冒頭の町山さんの解説での言葉を借りれば、「いいお母さん」「不真面目な警察署長」「暴力的なバカ警官」というのは看板の表側でしかない。みんな「看板の裏側」は普通見ない。ですがその「裏側」はあっと驚くものなんです、という映画が『スリー・ビルボード』です。
「レイプ犯罪」へのメッセージ
あと一つ付け足せば、この映画は「レイプ」を題材に扱っているところがまた時代性があり素晴らしいですね。
先日のゴールデン・グローブ賞では、女優・司会者であるオプラ・ウィンフリー(アメリカの女性版タモリ)が、スピーチの中で1944年に6人の白人男性からレイプされ、犯人に一切の罰が与えられないまま98歳で亡くなった黒人女性Recy Taylorの話を引用し、名スピーチと話題になっていました。
先日、『シェイプ・オブ・ウォーター』の宣伝で来日していたギレルモ・デル・トロ監督のトークショーに行ってきたんですが、その際に監督は映画にとって決定的に重要な要素は"When"と"Where"だと話していました。
『スリー・ビルボード』が「現代のミズーリ州」を舞台にしていることは非常に意味のあることであり、上述の「予測不能なストーリー展開」に静かな、かつ強烈な社会的メッセージを上乗せし、この映画をある種完璧なものにしているのだと思います。
以上、ネタバレなしの感想でした。素晴らしい映画です。
最後に付け足しになりますが、同じくフランシス・マクドーマンドが主演し、アカデミー賞主演女優賞を受賞した映画『ファーゴ』(1996)も併せてお薦めします。
この映画もまたアメリカのクソ田舎(ミネソタ州)を舞台にし、ストーリーはサスペンスながらコメディー映画にも分類されることが多く、どこか『スリー・ビルビード』と似た作品。
監督のジョエル&イーサン兄弟は私の母親と同じミネソタ州ミネアポリスの出身で、親同士が仲良しだったそうです。
主演のフランシス・マクドーマンドは兄・ジョエルの奥さんでもあります。
一歩間違えれば私の母親が結婚していたかもしれないんですけどね。(#^.^#)
ということで、スリビ、みんなみてね!